スピーカーケーブルに求めらる機能はパワーアンプの出力信号をスピーカーへロスなく忠実に伝えることに尽きると思います。 しかし、導体を太くするだけでは実現できません。 そこで「スピーカーケーブルは伝送線路である」という観点でスピーカーケーブルを開発しました。
可聴周波数域の信号を伝送することを考えれると、一般的には集中回路定数の要素を突き詰めることになると思います。 しかし、可聴周波数域の全域に低ロスで均一な特性を求めると高音域の伝送ロスが大きな課題となります。 そのために可聴域を超えた高い周波数でのロスが低減するように、分布定数の考えを取り入れることで可聴域全体が低ロスでフラットな周波数特性のケーブルを開発することができました。
パワーアンプとスピーカー間に直列に挿入されるスピーカーケーブルの伝送ロスを低減するには低い導体抵抗とすることが必要です。 導体抵抗はケーブル長に比例しますのでスピーカーケーブルを短くすることは効果的です。 しかし、スピーカーのレイアウトで決まるスピーカーケーブルの長さを短縮することは容易ではないでしょう。
もう一つの方法として、導体抵抗は断面積に反比例しますので導体の線径を太くするとは効果的です。 ケーブル両端間の抵抗が低くなり、その効果がそのま伝送ロスの低減につながります。 また、スピーカーから見たアンプ側の抵抗も下がるのでダンピングファクタの改善になります。 しかし、高い周波数になると交流インピーダンスの上昇で効果が低下していくので平坦性が失われます。
交流インピーダンス上昇の原因の一つは表皮効果で、これは高い周波数ほど導体に流れる電流が表面に集まり、電流密度が増加して、交流インピーダンスを上昇させます。 AWG16の太さでは10kHz辺りから生じます。
もう一つの原因として、平行導体に流れる電流が10kHzを超えると増加する近接効果です。 スピーカーケーブルでは電流が逆方向に流れるので対向面側の電流密度が上昇し、交流インピーダンスが上昇します。
他にもインダクタンス、キャパシタンスの要素も加わります。
このように線径を太くするだけでは可聴周波数帯であっても高音域の伝送ロスの改善の割合低下していくので損失の平坦性が失われてしまいます。 単に導体を太くしただけでは高音域ほど減衰して伝送ロスとなるのですが、アンプから見ると高音域のインピーダンスが変化してしまうことにもなります。
集中定数回路
スピーカーケーブルを集中定数回路として考えた場合、前記の理由で導体抵抗に加えて可聴周波数帯の上域から影響の強まっていくインダクタンス成分とキャパシタンス成分のファクタによりローパスフィルタの働きが生じ、信号の伝送能力に影響を与えます。
ケーブルが長いほどL、C成分が増すので伝送能力が低下します。
高い周波数帯での損失を改善をするにあたり、より高い周波数での損失の改善をすることで可聴周波数帯での損失改善を効果的にできると考え、分布定数回路としてスピーカーケーブルを設計することとしました。高い周波数におけるケーブルの特性インピーダンスは重要な設計ファクタであり、この要素を取り込むことで可聴周波数全体のロスとフラットネスを改善し伝送特性を向上させるができました。
伝送線路において線路の特性インピーダンスと負荷のインピーダンスに不整合があると負荷側からの反射波が線路に生じて伝達信号を歪めてしまいます。 このことは高周波を扱ったことのあるエンジニアならば経験したことと思います。 スピーカーケーブルにおいても特性インピーダンスと負荷のスピーカーインピーダンスが大きく異なると線路の信号遅延などにより、高い周波数の反射波がアンプ側に伝達されますが、負帰還のあるアンプではこれを打ち消して抑えようとする信号を発生することになるので結果として本来の信号を歪めてしまうことも考えられます。
(こちらの動画でお確かめください)
かなり昔に、海外でもスピーカーケーブルの特性インピーダンスを低くすることが正しいかどうかの議論がなされていました。 2Ω程度の極端に低い特性インピーダンスのスピーカーケーブルが今も製造されていますが、これらのケーブルは低インダクタンス、大静電容量の仕様であり、国内より広い空間で使用することが多いこともあり、短くても10フィートの長さのケーブル長とされるために、パワーアンプの位相余裕に不足が生じてリンギングや異常発振による故障などが報告されました。 対策として端部にインダクターを挿入したり、ゾベル回路の追加などをして対策するなどが行われました。
画像は試作した2m物の特性インピーダンスが8Ωのケーブルで、導体抵抗は10mΩ、インダクタンスは約0.1μH、非常に伝送特性も優秀なのですが、線間容量が25nFあり、無負荷のでのパワーアンプ出力に少々のリンギングの発生が確認できました。
このようなスピーカーケーブルの真価を発揮するような周波数では、スピーカーの内部配線などの影響含め、インピーダンスがかなり高くなっていていることでの特性インピーダンスの不整合が生じることと思われます。
ここで負荷側のスピーカーのインピーダンス特性を観察してみます。
一例としてウーハーのインピーダンス補正もされてない、簡易的なネットワークを使用しているB&W製607の実測インピーダンス特性ですが、2kHz付近の上昇と10kHz以上が低くなっており、その後は上昇傾向にあります。
10kHz以下では、スピーカーケーブルの導体抵抗とスピーカーインピーダンスの分圧により、スピーカーインピーダンスの低いほど損失が大きくなるので、導体抵抗の大きいスピーカーケーブルでは、B&W607であれば100~1kHzと、8kHz以上の周波数で音圧が低くなる凹凸のある周波数特性になり、結果的に再生音に色付けしてしまうことになります。
最近のスピーカーケーブルの傾向として、太い導体で線間を広くした平行ケーブル、あるいはフラットケーブルを使用したもの等のように、導体抵抗と線間容量を抑え、インダクタンスは大きくしたものと、両極を交えて複数の線を並列とした導体抵抗とインダクタンスを抑え、線間容量を大きくしたものがあります。 前者は特性インピーダンスが高く、後者は特性インピーダンスが低い傾向にありますが、ほぼ、普通の平行電線として製造しやすい前者の低静電容量のケーブルのほうが電線メーカーとしては楽なのかと思いますが、後者の低インダクタンス化は構造が複雑なのでメーカーの気持ちもあるのかもしれません。
そのようなこともあり、損失の少ない、且つ、周波数特性も良いスピーカーケーブルをEXCURIOブランドで開発しました。
※一部に低インダクタンスと称する製品がありますが、0.4~0.5μH/m程度では普通と感じます。TPSQシリーズは0.2μH/m以下です。
本ケーブルを開発するにあたり、いくつかの汎用的なスピーカーケーブルの特性インピーダンスをTDR法で測定した結果をしました。
二芯のツイストまたは平行形状のものは90Ω前後で、非常に古いVictorの多重ツイストペアのものは13Ωと低い値で、スターカッドの4S6Gは半分の45Ωでした。 撚りのあまい8470は張り具合で線間が変化するので値が不安定でした。
このほかにも10P、12Pなどのツイストペアケーブルも測定していますが、凡そ、1Pは90Ω程度で、並列分だけ低い値となりました。 特性インピーダンスは下げやすいのですが、各ペア線の干渉を避けるために撚りピッチを変えるため、周波数特性が優れませんでした。
3本並列の本製品TPSQ構造では15Ωと適度に低い値になっています。
下図は8Ω負荷時の各ケーブルの損失の測定結果です。(負荷が6Ω、4Ωと低いスピーカーの場合は反比例して損失が増加します。)
インピーダンスが高いケーブルは10kHzより上の領域で低下が目立っています。 周波数特性(平坦さ)では特性インピーダンスが負荷インピーダンスに近いほうが良い傾向にありました。 ケーブルによる挿入損失については低い周波数域での損失はほぼケーブルの導体抵抗による損失分となりますので導体抵抗が低いものが望ましく、本製品TPSQは導体抵抗が低く低損失でした。
導体抵抗につきましてはほぼ導体断面積に反比例しますので小さい値ほど低い周波数帯では低ロスになり、高ダンピングファクターのパワーアンプを生かせることと思います。
次に実際に8Ω負荷を接続した2mのケーブルに高速パワーアンプからの100kHzの矩形波信号(立ち下りが少し崩れてますが)を加えた時の両端の波形は以下のようになりました。 波形の訛りと遅延の大きさからも、特性インピーダンスが負荷インピーダンスに近いほうが忠実に信号を負荷へ伝えていることがわかります。
↓横軸:800nS/div ↓横軸:200nS/div
以上のように、スピーカーケーブルを分布乗数回路の伝送線路と考えたことで伝送特性を向上させたTPSQケーブルを使ったスピーカーケーブルの開発、製造に至りました。
低ロスで周波数特性がフラットであればシステムの特性に色を付けるようなことは無いものと思います。 可聴域を超えた高い周波数までフラットで余裕が持つことで安心感を得ることができる思います。